そして翌8月3日にスタートして12月まで続く小説「広島フォーク村の軌跡」の連載と、今年は広島フォーク村の伝説がまた色んな形で取り上げられております。
この2日に東広島市・西条の広大の大学祭の会場で行われた広島フォーク村トーク&ライブのイベントは会場となった総合科学部K-108号教室に180人ものお客様が来られて行われました。
大学祭の会場ながら学生さんもいらっしゃいましたが、お客様の平均年齢が高そうで、中には岐阜や山口からなど県外からも熱心な方が何人もいらっしゃっていてびっくり。
また、ミニバンドの井口さんや田辺さん、ダウンタウンズの小松さん達に客席から優しく見守って頂いておりました。
小説を書かれている田家秀樹さん、その当時、拓郎さん達と一緒にフォーク村で活躍されていた白髭健次さん、当時は広島フォーク村呉支部に居た私、第1期から10年後にスタートした第2期フォーク村で村下孝蔵君達と一緒に活動していた洒洛の石澤君、司会の天野真木子ちゃんというラインアップで、当時の広島フォーク村がいかにその時代の流れに乗ってブームとなったか、そしてそのフォーク村が残したものは等の貴重な話と和気あいあいとしたライブで会場の皆さんにお楽しみ頂きました。
まずオープニングのライブでは司会の天野真木子ちゃんと石澤、丸子3人によるPP&Mバージョンのボブ・ディランの「風に吹かれて」、「イムジン河〜悲しくてやりきれない」のフォークルメドレー。
トークを挟んで、白髭先輩の弾き語りでオリジナルの「フォーク村'99」と石澤、丸子がバックを務めた白髭先輩の当時の名曲「風の歌」〜この曲が時代を感じさせてくれていいんだなあ。
石澤、丸子による「イメージの詩」〜これはこの日の特別版で、拓郎さんがアマチュア時代にステージで歌っていた歌詞が26番まであるロングバージョン、そして歌碑に刻まれた「今日までそして明日から」。
後半のトークの後、再び天野真木子ちゃんと石澤、丸子の3人で青い三角定規の「太陽がくれた季節」、浜田省吾の「路地裏の少年」、村下孝蔵の「初恋」、吉田拓郎の「落陽」、そしてフィナーレは全員で「あの素晴らしい愛をもう一度」というメニューでした。
会場の皆さんにも手拍子を頂いたりと楽しい雰囲気で最後まで無事に終える事が出来まして、とても良いイベントになりました。
ご来場頂きました皆さん、本当に有難うございました。
〈翌日の中国新聞の朝刊の一面にカラー写真入りで紹介された記事〉
また、この夜の打ち上げは田家さん、井口さんや田辺さんを始め、中国新聞の竹森さん、RCCの藤森さん、イチゴの木の久保脇さん、白髭さんほか広大フォークのOB/的場さん、祐原さん、ロイヤルの福井さんご夫妻、本多さん、泰増さん、ジャム&コッペの石川さんと立石さん、深田の陽ちゃん、といった今や伝説とも言える方々が参加されて飲んで食べてギターを弾いて歌って、夜中までエンドレスでした。
途中からは延々と歌声喫茶状態になりまして懐かしのフォークが出るわ出るわ、リクエストに答えてはギターを引き続けていた私は帰りに指が痛かった・・・
翌日3日は、当時、広島フォーク村に呉支部があってそこで浜田君や私達が10代の青春を燃焼していたという事で、取材の為に田家さんにお願いされていて私が呉をご案内する事になり、呉に参りました。
まずは呉駅を始め、中通り、フォーク村呉支部のたまり場だった公声堂、当時はガチガチに緊張してステージに立った呉市民会館、我が母校/呉三津田高校と廻りまして、その都度私は当時の薄らいだ記憶を呼び起こしては、当時ここでああしたこうしたと、田家さんに一生懸命ご説明致しました。
田家さん、小説「広島フォーク村」の今後の展開に期待します!
それから我々の当時からのたまり場、サントスでランチとコーヒー。
サントスのママ、いつも美味しいランチとコーヒーを有難う!
サントスには、高校生の浜田君がちょくちょく通っては大学ノートに詩を書きなぐっていた頃の木のテーブルやイスが隅っこに置いてありました。
この日の呉にはRCC報道のカメラクルーも同行されておりまして、その模様が近々TVで紹介される様です。
この日の午後私は呉から戻って田家さんとお別れし、その後ゲストとしてFMちゅーピーの真木子ちゃんの番組のフォーク村ミニ特集コーナーに出させて頂きまして、ジャム&コッペの当時ソノシートで発売された貴重盤「初恋の風」、石澤/丸子の前日のライブテイクから「初恋」などをかけながら、前日のイベントの様子やフォーク村の話題でまたひとしきり盛り上がっていました。
という誠に密度の濃い二日間でした、本当にお疲れさま!!
文化放送は一昨年だったか浜松町の駅のすぐそばに新社屋が完成しまして移転してますよ。
私は移転後に東京へ行く事があって出川さんを訪ねて行きまして社内を案内してもらいました。
出川さんは元気ですよ。
タバコをやめて毎日10キロ走ってるんですって。
今は民放ラジオ全部を統括する事務局に居て、その関係でニッポン放送の方へ出社してるそうです。
毎年来てもらってますが、今年も12/6のジョンレノン・フォーエバーに来て頂いて司会をしてもらいます。
しかし、多くの先輩諸氏の中で、外見でいえば、丸子氏や泰増氏などは20年前とあまり変わっていないと思うのは私だけでしょうか?
若々しさを保っている人は、素晴らしいと思います。
PS,
今年、新宿へ弔事の関係で行くことがあったので、出川部長に会いにJOQRに久しぶりに行こうと思いましたら、放送局が移転していました。
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